娘が産まれて、小学生になるまでの思い出ばなし(1)

20101105 娘が産まれて、小学生になるまでの思い出ばなし(1)
私は、2004年に娘を出産しました。
娘が産まれてかわいすぎたこと、嬉しかったことは、とても記憶に残っています。
子どもを産むか産まないかが選択できるようになっている現在、子どもを産むことを決意するのは、大きな決断だと思っています。
子どもを育てるというのは、大変なことであるし、不安なことだと私も感じることができました。
自分が子どもの頃、母親に「あんたも子どもができたらわかるわ!」なんて、捨てゼリフを吐かれて、(なんじゃい!この、オカン!)と、ケンカになったこともありましたが、母親の言うとおり、私も同じセリフをつい、口にしたくもなるほど、娘も成長しました。
読むだけで凹むような出来事もたくさんありましたが、まあそれは話が長くなるので書きません。
この記事では、私が娘と暮らして、私が感じたことなど、こういう風に考えようと思った気づきなどを話題にしようと思います。

妊娠前の入院の話し

娘が産まれて、小学生になるまでの思い出ばなし(1)誰かの分娩(出産)のエピソードというのは、出産前の書籍や雑誌でよく目にしていましたが、はじめての出産だったのでそれを見るだけで、怯えていました。私はこの時、まだ乙女でした。
自分の身になにが起こるのか見聞きしていてもわからないので、私の場合、今思えば、陣痛がどういうものなのかというところから、どうやらわかっていなかった様です。
臨月になると、お腹の張りが頻繁になり、いつ産まれもいいですよ。ということになっていました。予定日に産まれるものだと思っていましたが、気づけば予定日は過ぎていました。私が間違っていたのは、予定日に産まれるものだと思い込んでいたこと。
子どもは予定日には産まれないものである。
それよりはやい時もあるし、はじめての出産ではたいていそれを過ぎると周りから言われていました。普通に考えれば、予定日に産まれることは稀なのに、なぜそう思いこんでいたのかわかりません。
私は妊娠後期に、骨盤位(逆子)と切迫早産と診断されて、1週間ほど入院しました。
普通に健診に行ったその日に「今日から入院ですね」と告げられた時は、混乱しました。
お医者さんは、「はいオッケー!」というのと同じように、「はい入院!」と告げるものですから、私もそれを聞いて、キョトン・・・とする以外何もできませんでした。
それからあれよあれよと、入院し、無事体の調子も戻ったので、1週間で退院できましたが、今思えば、米があまりにも旨すぎて、暇があったら米を食べていたため、肥満というか、蛋白の値もいけない感じになっていたのも、入院の決め手ではないかと思っています。
食べすぎには注意です。
「子どもがいるので、たくさん食べたほうがいい」
と、おばあちゃんに言われて、それをまに受けていましたが、良く考えるとおばあちゃんの時代は、昭和初期・・・・・・。今は平成・・・・・・。食べ物に困ることもなければ、高カロリーですぐに肥満になってしまうような食べ物が多い時代です。とにかくたくさん食べることより、バランス良く適度な量を食べなければいけないのです。

分娩の話し

私はたぶん朝から陣痛がはじまっていたのかもしれません。
しかし、それが陣痛だとわかりませんでした。お腹の張りがきついこともありましたが、切迫早産を体験していたので、おなかが張るのはごく当たり前のように思っていました。ただ、いつもより少しきついかなと、感じてはいました。
テレビで陣痛の痛みに耐えきれずへろへろになっている妊婦さんを見たことがありますが、もしこのお腹の感じが陣痛なら、他の人には、これ以上の痛み(痛いというものではないと感じた)があるのだろうと、思ったのです。あんなにげっそりするほど痛いのなら、これは陣痛ではないと私は思いました。
私にとっての「痛い」という表現は、虫歯が痛いであるとか、角にすねをぶつけた時のもだえるほどの衝撃、お腹を壊してどうしようもない腹の不快感を「痛い」だと認識していました。陣痛はその「痛い」とはまた違った感覚でした。これが「痛い」という表現であるというのが、私にはわからなかったようです。
ちなみに、つわりの時も同じで、気持ち悪くて・・・といったわたしからみればかわいそうすぎる体験談を聞いていましたが、私には多少の気持ち悪さはあっても、そんな風ではなかったので、つわりはなかったと、思っています。
そんなわけで、陣痛が始まって、破水もしなかったため、(なにかおかしい気がする)と、思ってから、10時間以上たっていました。時計は日付が変わったくらい。
家族に「そろそろ病院に出かけたほうがいいかもね。」と、出かける用意をして、病院に到着。
ちょっと先生に見てもらったら、子宮口が9センチ開いているとのことで、なんだかあわただしく・・・。今思えば・・・
わたしって、もしかして、ドンカン?
陣痛やつわりなどは、人によって感じ方の違いがあるようだ。
ということがわかりました。
私の場合、あまり強くそれを感じることがなかったわけですが、それがどんなものであるのか知らなかったことと、痛みや不快は日ごろから、よほど程度がひどくないと、感じにくいという鈍感さがあり、そういう鈍感さは危険だなと、出産を体験して思ったのです。
私のような感覚を持っている人の場合、体の異変には、少し度が過ぎるくらい敏感にならなければ、危ない状態になる可能性があります。
私が「陣痛始まった気がするんだけど……」と、母親に言った時、彼女はお菓子を食べながら「あ、そう。じゃあお風呂に先に入っといたほうがいいよ」と、非常にそっけない態度をとって、わたしは、「おかんがとてもそっけなかった」という笑い話しをよくします。
でも、そこで「ああ!大変!病院に行かなくちゃ!はやく!どうしよう!」と、母親に大騒ぎされていたら、私はたいそう不安な気持ちになっていたかと思います。
そんなこんなで、なんとか分娩室まで行くことができました。
この時、母親と夫が立ち会っていましたが、心配し過ぎてどうなってるのかわからなくなった母親と(実は心の中では焦っていたに違いない)、どうしたらいいのかわからず分娩室の隅にいる夫を眺めながら、「いつ産まれるんだろうね」と、言っていました。
この後から、壮絶な出来事が始まるわけですが、
出産したことがなかったため、わたしは、その壮絶さを知りませんでした。
病院に到着したのが、24:30くらいで、娘が産まれたのが27時くらい。
「疲れたので、一度寝ます。明日産んでもいいですか?」
と、いってしまうくらい、大変でした。
※わたしは、自分では全くそうは思っていないのですが、母親にも姉妹のなかでいちばんのんきな人だと思われているようです。鈍感だったり、いつも平和そうだったり、肉食動物がいない環境で住んでいる草食動物並みの呑気さなんだとか。そんなことないよ!と思っているのは、実は自分だけ。
>>つづく☆

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