「暮し」というのは、誰しも密接にかかわる言葉です。それぞれがさまざまな暮しをしていますが、ある一定の年齢になると意識し始める「丁寧な暮し」。
丁寧に暮らすということは、とても簡単なのになぜかそれをすることを難しく感じてしまいます。それはなぜでしょうか。
私が思うところ、丁寧に暮らすことは、何かを我慢したりすることが生まれるからだとと思います。いまはとても便利なものがあふれていて、わざわざこんなことをしなくても、こうすればもっと便利だということがたくさんあります。こんな高いものを買わなくても、こんなに安いものもある。そういう世の中なんだよなあと感じることが日常的によくあります。
実際わたしも、便利なものを求め、ものを大切にすることを忘れそうになる日常をおくっています。
丁寧に暮らすことは不便だと感じることもあります。しかし、わたしはいくら便利であってもそれは「豊かな暮し」であるとは思ったことはありません。
では、豊かな暮しというのはどこにあるのか。そういうことを考えると、それはこの「丁寧な暮し」の中にあるのだと気付きました。
ちょっとの手間で、そして、ちょっとの心遣いで、暮しはもっともっと豊かになるものなのです。それを忘れて便利なものを、はやっているものを、目の前にあるものを、手に取り、何の思い入れもなくそれを使うことははたして自分にとってよいことでしょうか。
わたしは先ほど、安いものを、と書きましたが、たとえそこにあるひとつのカップであっても、それがたとえ100円であっても、それを大事に家族のように使うことでそれは100円という価値をはるかに超えることになると思います。でもたいてい、それは「100円だから」という意識を持って扱われることが多い気もします。
どんなものであれ、自分の手元にあるものを大事にし、それを使い続けること、物を大切にすること、それはとてもつつましく、美しい暮し方ではないのかなあ。とこの暮しの手帖を読むたびに思ったりします。
きれいなデザイン、時間がたっても何度でも読み返すことができる雑誌。
この「暮しの手帖」という雑誌はとても素晴らしい、雑誌だと思います。
暮しの手帖社 - 雑誌『暮しの手帖』、別冊、単行本の発売情報
過去には世田谷文学館でこんなイベントもありました。
花森安治と「暮しの手帖」展
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